刑務所を出てまる7年を過ぎた。この間、探している清水公平は
全く手掛かりがない。嘘の証言で人を冤罪にに突き落としながら、
逃げに逃げまくっている。こっちも、追いまくっているが、今のところ
発見できる糸口が見つからない。
また、渡辺直之も同じだ。検事と司法取引をして、執行猶予付きの
見返りを条件に偽証を行った。私からすると、清水も渡辺も同罪と
思っているが、それぞれが身を隠して脱走を決め込んでいる。
なかでも、清水を見つければ確実に無罪を勝ち取れる。清水よ
ここらで出てきたらどうだ。無実の人間を刑務所まで叩き込んだ
積みは重い。
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冤罪ほど恐ろしいことはない。冤罪は過去の人生をすべて取り消して
しまう。私は、親からの伝統?で少なくとも公共のためになることなら
進んで行動してきた。特に、私は満州からの引き揚げ経験がある。
終戦で、酷い体験をしている。それだけに福祉に関しては人一倍関心
があった。着るもの、些少の寄付などできることは精一杯行ってきた
つもりである。社会に害毒を流したことなど、一度もない。
そんな私に冤罪事件が降りかかったのである。地裁無罪を高裁が逆転
有罪とひっくり返した。有罪にする証拠など一つもない。特に、高裁にを
ける裁判では、楢橋裁判長は目をつむり居眠りしていた。この光景を見て
私は公正な判断ができるのかー心配だった。いまでも、居眠り裁判の
異様な光景を思い出す。結果は、案の定「刑期4年の逆転有罪」である。
私のこれまでの人生を帳消しした冤罪宣告である。その後、楢橋裁判長は
地方の公証役場場長になっておられたが、私を有罪にした記憶すらないだ
ろう。
私は、清水公一の偽証証言で冤罪をかぶされた。4年半くらいの
勤め?は終わっているものの、何の罪も犯していないものが刑務所
行きはたまったものではない。第一時間的に4年半、いや事件になって
7年有半無駄に費やしたことは、人生にとって取り返しのできない大事件
である。何も知らない私を、その坩堝に陥れたのは清水の偽証証言だった。
清水さえ捕まえれば、私は再審請求ができ、100%無罪獲得する自信が
ある。
ところが、肝心の清水が何処を探しても見つからない。偽証は清水自身が
分かっているので、万一捕まれば罪になるということで逃げににげまくって
いる。しかし、私にすればこれまでの人生を消し去った真犯人である。
清水公一よ、出てこいーと言いたい。私は地獄の底までも探し続けるつもりだ。
大阪の森友学園の国有地売買を巡る問題で、大阪府の松井知事は25日、「本質を説明できないのは皮肉にも安倍総理だ」と述べ、これまでの安倍首相の対応を批判した。

 松井府知事「この問題の本質をきちっと説明できない、わからなくしているのは、僕は皮肉にも安倍総理だと思う。忖度(そんたく)はないと強弁しすぎているんです。なぜ籠池さんが言う神風が吹いてきたというスムーズに手続きが進んだのかという部分。これはまさに忖度だったというのを認めるのが一番だと思います」

 この問題を巡って野党側は、安倍首相側の意向を財務省などが忖度したため森友学園に有利な土地取引になったと追及している。松井府知事は、「国民の思いを忖度して、それを実現していくのは政治家の当然の仕事だ」と強調し、今回は法律に反するような「悪い忖度ではないとはっきり言うべきだ」と強調した。

 また、野党側が求めている自らの証人喚問については、「国会に呼ばれればいつでも行く」と述べ、改めて応じる考えを示した。
日本の外務省が1987年、米政府に対し、核兵器の持ち込みに関する密約を含む50年代後半の日米安全保障条約改定交渉など、広範囲にわたる日米関係の米公文書の非公開を要請していたことが、西日本新聞が米情報自由法に基づき入手した米公文書で明らかになった。密約などについて米側は要請通り非公開としていた。米公文書公開への外務省の介入実態が判明したのは初めて。

【画像】西日本新聞が米情報自由法に基づき入手した米公文書

 文書は87年4月、米公文書の機密解除審査部門責任者の一人、故ドワイト・アンバック氏が作成した「機密解除に関する日本の申し入れ書」。作成から30年たち機密解除の審査対象となる50年代の米公文書について、在米日本大使館は87年1、3月、機密を解除して国務省刊行の外交史料集に収録しないよう同省東アジア太平洋局に文書で申し入れており、同局とアンバック氏が対応を協議した3ページの記録だ。申し入れは米歴史学者の調査で判明していたが内容は不明だった。
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「際限のない非公開要請には同意できない」米側不快感示す

 文書によると、日本側が非公開を求めたテーマは(1)「核兵器の持ち込み、貯蔵、配置ならびに在日米軍の配置と使用に関する事前協議についての秘密了解」(2)「刑事裁判権」(3)「ジラード事件」(57年、群馬県で在日米軍兵士が日本人主婦を射殺した事件)(4)「北方領土問題」(5)「安保改定を巡る全般的な討議」。(1)(2)については「引き続き(公開)禁止を行使する」との結論が明記されていた。

 日米外交史に詳しい菅英輝・京都外国語大教授は(1)について安保改定時の「米核搭載艦船の通過・寄港を事前協議の対象外とした核持ち込み容認の密約」だと指摘。今も関連文書の一部は非公開だ。(2)は53年の日米行政協定(現在の日米地位協定)の改定時に、米兵らの公務外犯罪のうち重要事件以外は日本政府は裁判権を放棄したとされる問題とみられるという。

 一方、(3)(4)(5)については事実上、要請を拒否する方針が記されていた。

 文書によると、アンバック氏は「われわれは広範囲にわたる際限のない非公開要請には同意できない」と強調。外交史料集刊行などに「深刻な問題を引き起こす」と警告し、全て受け入れれば関係する二つの巻のうち1巻は全体の約3分の1、残る1巻は60%以上の分量が影響を受けると懸念。「これは米政府による情報公開を外国政府が統制できるのかという根源的な問いを提起している。答えは明らかにノーだ」と強い不快感を示していた。

 米政府への非公開要請について、外務省は「外交上のやりとりにつき、お答えは差し控えさせていただきます」とコメントした。
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◆米公文書公開への他国の関与

 情報公開への社会の意識が高い米国では、米政府は1970年代まで、自国で作成した公文書については、関連する他国から非公開要請があっても拒否してきた。しかし複数の国からの懸念を受け、80年以降、公開の是非について当該国と協議するようになった。2015年12月、国務省は西日本新聞の取材に、そうした協議は「折に触れて行っている」としており、なお継続しているとみられる。