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もうまもなく、冤罪で収監される。ここで事件となった最初から日もどいてみたい。

私のニュースソースの一人、清水公平君からの依頼である。話だと「アメリカの老人が最近痴

呆がひどく、このままだと蓄財していた日本の旧紙幣が動かせなくなる。家族が気象観測機

で沖縄の嘉手納基地に持ってくる。日本の企業に投資するのだが、着いたら渡すので振り込

んでもらいたい。」依頼だった。私は、清水君と6、7年の付き合いで、特別疑問にも思わなか

った。

それから、数ヶ月経ったころ振込先が清水の口座だと分かったので、だったら自分で(清水か)

振り込んだらいいと勧めたが、是非貴方が振り込んで欲しいーと言うことである。実は、この

清水に私が150万円貸していたので、私が振り込むことで多少お返しができるということだっ

た。なるほど、好意的に考えてくれているのだと判断した。

東京にお金が着いたと連絡が清水からあり、私は地方で治療を受けており、直ぐ上京はでき

なかった。そのため、東京の友人に頼んで持参してもらうことにした。額面は約2000万円、聖

徳太子の旧紙幣である。旧紙幣2000万とは大金である。民間の銀行から振り込むにしても

時間がかかるのではといった思いが走った。まず、旧紙幣は日銀から電話してもらって、民間

の銀行に持ち込むほうが早いだろう考えた。

日銀に行くと、旧紙幣が2000万円と多いので多少時間がかかりますよとのことだった。カウン

ター前のソファーで待っていると以外に早く私をカウンター前に呼んだ。そして、日銀の人曰く

「少し大きいのですね。絵柄が本物は線で描かれているが、これはドットです」という。えー、

これは偽札?私は気が動転した。また、真札が目の前に出され、「手にとってもいいですよ」と

言う。早速、私の持ち込んだ札と、このサンプルの紙幣と見比べるとまず紙幣の厚みが違っ

たのと、矢張り印刷が何かおかしい。でも、全く気がつかなかった。私はすぐさま、このことを

清水に電話すると、「どこかで、お金を差し替えられたのではないか」と言う。なんという無責

任な話だ。興奮のあまり怒鳴りつけたと思う。さらに、東京から持参した渡辺直行に、「今日

銀で偽札だと言われた。まだそこにお金は残っていないね。絶対に使ったら行かない」と念を

押した。話が前後するが、私が清水に貸した一部として、30万円を返してもらい、その中から

15万円を渡辺に上げたので、使うのではないかと心配したからである。

日銀の人は「こんなことがあると、一応警察に届けなければならないからー」と言う。当然のこ

とだ。私は、そのお金を持って、広島中央警察刑事第二課を尋ねた。

いろいろ話している中で、大野刑事は「次男が主犯か」と、大声でわめき私を威喝する。何故

だ。私は、このお金が偽札とは全く知らないで日銀にもちこんだのである。偽札と知って日銀

に持ち込むなど、そんな無謀な勇気は私にはない。常識で考えても分かる話である。この日

は2005.4.25で、財布を持たなかったため妻と次男が昼食代を心配して、中央署に届けてく

れたのはいいが、二人ともそのここ取り調べ室に連れて行かれたという。そして、長男の事務

所に間借りしていたため、26日の午前2時過ぎ家宅捜査、家にも同時刻ごろ家内が連行さ

れ、家宅捜査となった。この日は二人の刑事がこの事件は沖縄など暴力団が絡んでいる恐

れがある。何かあるといけないので、自宅に一緒するといって私の家で朝まで仮眠した。26

日9時には家を出て、中央署へ。今度は同じ繰り返しの質問が深夜まで続いた。

次の27日は、紙幣を広げてそれを指差すなどの動作を取らして写真撮影である。何も知らな

い私が、いかにも犯人に仕立て上げられているのではないかとするいやーな感じだった。

28日、29日となにもなく、29日の夕方明日は9時15分までに出頭してもらいたいといってき

た。

おそらく、これまでの話で疑問が解けたとする説明があるものと信じていた。

ところがである。「逮捕するという」「何!なにの罪名で私を逮捕できるのだ」と、私は叫んだ。

自信がある。偽札など知りもしない。清水の依頼でうごいたまでで、偽札と分かっていたら、

日銀などとんでもない話である。礼状を見せられるなり、手錠がはめられ帯紐までつけられ

た。そして、有無も言わせず私を他の留置場に連れ込んだのである。

これからが、苦しみが始まった。接見禁止、家族とも会えない。話が出来るのは弁護士とだけ

である。

起訴前である。朝、昼、晩と取り調べである。津田部長は、私が知らないのに業を煮やして、

思い切り机を叩いて、蹴り上げその机が左腕を強打して気分がわるくなり、救急病院につれこ

まれた。また、その津田部長が暴力をふるったせいか、岩尾刑事と交代した。この岩尾刑事

も5月6日だったか、また思い切り蹴り上げ机を叩くなどの暴力が始まった。私は、前回と違っ

て「貴方もそんなことするのですか」と、大声をあげた。そのせいか、岩尾氏「御免」と一口い

って、普通の取調べとなった。

この暴力は、津田、岩尾刑事だけではなかった。秤屋検事も、「外堀を埋めてやるぞ」と威喝

して、秤屋検事の足が宙をまわったり、机を思い切り叩いて、書類が散乱するなど脅迫、威圧

の連続だった。私が「正しいことしか認めません」というと、「最初から台詞を考えていたのだ

ろう」と、全く理解が出来ない取調べで、それこそどのようにして犯罪者に仕立て上げるかに

かかっていた。しかし、何も知らない私にすれば、話をすればますます深みに追い込まれるよ

うな気がして仕方なかった。話すことすらなかったわたしに、色んな質問をして犯罪者に仕立

てるための道具立てをしているかに思えた。

この間、刑事が自宅を訪れ、妻に渡辺はこういっているからとサインを迫り、妻は「偽札と知っ

て日銀に行くはずない」と否定するのに、「まあ、どうこういうのではない。渡辺に合わせてく

れないか」と勝手に証書を書いて、妻にサインさすなどしている。

とにかく、犯罪者作りに奔走した警察だったが、2006年9月5日広島地方裁判所で無罪となっ

た。細田啓介裁判長の見事な判決だった。

もちろん、私は当然のことと受け止めたが、あまりにも警察や検察の無謀さに複雑化してい

た。

そこにもってきて、検察の控訴である。何回か開かれた高等裁判所の裁判で、私は殆ど発言

できなかった。弁護士の指示もあったからだ。ところがである。楢崎康英裁判長は、原判決を

破棄して有罪判決である。冤罪だ。冤罪の始まりである。偽札と知らないものが日銀に持ち

込んで、何の罪名が着くのか。高等裁判所の判決理由を読むと、全く意味不明別人の判決理

由のような捏造文である。こんな裁判どこの国にあるのか。デッチあげそのものであった。

直ちに最高裁に上告したものの、アレだけの捏造判決文である。その黒白を見破るものは、

神のみであろう。それくらい出来すぎていた。当然、最高裁は棄却である。そして、この棄却

に「判決訂正の申立書」を提出した。なんたる事だろう。最高裁の棄却は判決ではなく決定だ

った。判決なら10日あるのに、決定だと公告は3日間、素人の私にはわからなかった。高等裁

判所から刑の確定が言ってきて、ビックリして六法全書を読んで、私の間違いに気づいた。こ

れで、間違いなく収監である。何のために、善良な国民が収監され、何のための刑に服すの

だろうか。この世の中で一番不幸な冤罪による受刑者である。出来るか、出来ないか必ずマ

スコミに訴えたい。二度とこういう悲劇があってはならないのである。
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